なぜ、患者さんを撮影し、その動画をSNSで公開してしまうのだろう。看護師による無断撮影や投稿の問題に触れるたび、その感覚が理解できない。
私が新人看護師だった30年以上前、病棟にスマートフォンはなかった。道具が変わった今、看護師の職業倫理と、発信してよいことの境界線を考えたい。
1.看護師の勤務中スマホ、昔はどうだった?
昔は、仕事中に外の世界とつながる手段が限られていた。
家族に緊急の連絡が必要なら、病院を通して伝えてもらう。
勤務時間中に私的な連絡を取ることは、簡単ではなかった。
もちろん、昔の看護師が全員真面目だったわけではない。
休憩室では噂話もしたし、仕事の愚痴も言った。
厳しい先輩の悪口だって、きっと今以上に飛び交っていた。
院内情報の発信基地といえば、喫煙所だったこともある(笑)。
ただ、そこには現在と大きな違いがある。
その場で話したことが、一瞬で世界中に広まることはなかった。
病棟で経験した出来事を、帰宅して家族に話すことはあったかもしれない。
それでも患者さんのことを話せば、守秘義務違反になる。
けれど、写真や動画を撮って、不特定多数の人に公開するという選択肢は、そもそも存在しなかった。
だからといって、昔の看護師の倫理観が今より高かったとは言い切れない。
単純に、情報を外に発信する手段が少なかっただけなのかもしれない。
でもこの違いは、とても大きいと思う。
2.勤務中のスマホ使用はどこまで許される?
今の看護師にとって、スマートフォンは当たり前の存在だ。
家族との連絡、買い物、銀行、ニュース、SNS。
生活のほとんどが、手のひらの中で完結する。
そして、病院の中でもスマートフォンは身近なものになっている。
仕事中はタイマーをかけたり、調べ物をする。
家族に地図を見せて、場所を教える。

休憩中に動画を見る。LINEを返す。
SNSをチェックする。
それ自体を否定するつもりはない。
ただ、気になることがある。
プライベートの感覚を、そのまま仕事の中に持ち込んでしまってはいないだろうか。
例えば、友達と食事に行けば、料理の写真を撮る。
楽しい出来事があれば、動画に残す。
面白いことがあれば、誰かに共有する。
スマートフォンのカメラが、記憶媒体として活躍している。
今では、それが自然な行動になっている。
けれど、病院は違う。
勤務中のスマートフォン使用は、病院ごとの規則を守ることが基本だ。業務上の利用と、個人的なSNSの閲覧は区別しなければならない。
日常生活と同じ感覚で気軽にカメラを向けてよい場所ではない。
では、なぜ患者さんを撮影し、SNSで公開してしまうのだろうか。
3.なぜ患者を撮影し、SNSで公開してしまうのか
看護師の仕事には、納得できないことや理不尽に感じることもある。
患者さんの治療方針をめぐって、医療者と家族の考えが一致しない場面もある。そこには本人の希望や家族の事情など、簡単に割り切れない問題がある。
私たち看護師だって人間だ。腹が立つことも、誰かに話を聞いてほしいこともある。
けれど、患者さんや家族について知り得たことを、そのまま世間に公開していいわけではない。
無断撮影やSNS投稿をした人は、何を伝えたかったのだろう。
仕事の大変さを知ってほしかったのか、身近な誰かと共有するつもりだったのか。
動機は本人にしかわからない。それでも、患者さんにカメラを向け、公開する前に立ち止まれなかったことが、私には理解できない。
誰かに話したいことと、誰にでも見せてよいことは違う。
患者さんは私たちが看護を提供する相手であり、SNSのコンテンツではない。
患者さんには、それぞれの人生がある。
病気によって、それまで当たり前だった日常を失っている人もいる。
入院すること自体、不安で仕方がない人もいるだろう。
そんな患者さんにとって、病院は安心して治療を受けるための場所でなければならない。
その場所で、自分の知らないうちに撮影されていたとしたら。
しかも、その映像がインターネット上に公開されていたとしたら。
患者さんは、看護師を信頼できるだろうか。
看護師の仕事は、患者さんの尊厳を守ることでもある。
これは、スマホがあってもなくても変わらない。
4.看護師の職業倫理とSNSのルール
日本看護協会には「看護職の倫理綱領」というものがある。
看護職が専門職として、どのように考え、行動するべきかを示した指針だ。
日本看護協会は1988年に「看護師の倫理規定」を作成した。
その後、2003年に改訂され、2021年には現在の「看護職の倫理綱領」が公表されている。
時代の変化に合わせて、倫理綱領も見直されてきたのだ。
特に注目したいのが、第5条。
看護職は、対象となる人々の秘密を保持し、取得した個人情報は適正に取り扱う。
さらに、その解説では、個人情報には氏名や生年月日だけではなく、画像や音声も含まれることが示されている。
SNSについても、業務上の利用と私的な利用を区別し、情報発信に伴うリスクを認識する必要があるとされている。
つまり、今の看護師に求められているのは、従来の守秘義務だけではない。
情報を発信することの責任まで、自覚しなければならない時代になったということだ。
けれど、根本にある考え方は変わっていない。
患者さんの権利を尊重すること。
秘密を守ること。
信頼関係を大切にすること。
変わったのは、倫理観そのものというより、倫理観が問われる場面なのかもしれない。
5.SNS問題は若い看護師だけの責任なのか
ここまで書くと、若い看護師を批判しているように感じる人もいるかもしれない。
でも、私はそうは思っていない。
スマートフォンを使いこなせることは、若い世代の強みでもある。
スマートフォンを使った情報収集や、新しい技術への柔軟な対応が得意な人もいる。
SNSを通じて医療や健康について正しい情報を発信することもできる。
実際、若い看護師の中にも、患者さんのことを第一に考え、熱心に勉強している人はたくさんいる。
一方で、私たちベテラン世代はどうだろう。
SNSに投稿しなくても、患者さんの病状を、周囲に聞こえる場所で不用意に話してはいないだろうか。
「昔からこうしてきたから」
そんな理由で、患者さんへの配慮が不足していることはないだろうか。
考えてみれば、倫理観の問題は世代だけで区切れるものではない。
ただ、スマートフォンという道具を手にしたことで、不適切な行動が以前よりも広く、速く伝わるようになった。
昔なら限られた範囲でしか伝わらなかった不適切な言動が、今では病院全体の信用を損なう事態につながることもある。
だからこそ、私たち一人ひとりが、自分の行動を振り返る必要があるのだと思う。
6.看護師の職業倫理は現場でどう身につく?
正直、看護の現場で向き合う難しさも変わってきた。認知症などによって意思疎通に工夫が必要な患者さんもいる。一方で、看護師が暴言や性的な言動を受けることもあり、それは別の問題として見過ごしてはいけない。
こうした状況の中で、看護師自身が悩み、傷つきながら働いている現実もある。患者さんの尊厳を守ることと、看護師が自分の尊厳を守ることは、対立するものではない。
それでも私たちは、専門職としての教育を受け、看護師になった。
私達は、学生時代に看護倫理を学ぶ。
患者さんの権利、守秘義務、インフォームド・コンセント。
国家試験にも関係する、大切な知識だ。
そして就職後も、病院では新人研修や院内研修が行われる。
それでも、知識として理解することと、実際に行動できることは違う。
私は、職業倫理は教科書の知識だけでは身につかないと思っている。
日々の看護の中で考え、振り返り、少しずつ自分の行動に根づかせていくものではないだろうか。
先輩看護師が患者さんにどう接しているか。

患者さんのいない場所で、どんな言葉を使っているか。
失敗したとき、どのように責任を取っているか。
新人看護師は、そんな日常の姿からも学んでいる。
もし、先輩が患者さんのことを笑い話にしていたら。
もし、上司が不適切な言動を見ても注意しなかったら。
新人は、それが許される職場なのだと受け取ってしまうかもしれない。
反対に、患者さんの尊厳を大切にする先輩の姿を見て育てば、それが自然な行動になっていくのではないだろうか。
職業倫理は、教える側の日常の行動によっても受け継がれていく。私たち自身が、後輩にどんな姿を見せているかを問い続けたい。
7.便利になった時代だからこそ、守りたいもの
紙のカルテから電子カルテへ。
看護の現場も、情報を扱う道具も大きく変わった。
スマートフォンだって、正しく使えば素晴らしい道具だ。
知識を調べることもできるし、新しい医療情報を学ぶこともできる。
だから、昔の方がよかったとは思わない。
むしろ、私は便利なものを上手に使いながら、よりよい看護を実践していくべきだと思っている。
ただし、便利になっても変えてはいけないものがある。
患者さんへの敬意。
そして、看護師という専門職としての自覚。
それは、スマホのなかった時代も、今も変わらない。
スマートフォンは進化し続ける。
でも、それを使う私たちの倫理観までは変わってはならない。
看護師になって30年以上。
今でも私は、看護という仕事の奥深さを感じている。
時代が変われば、看護師の働き方も価値観も変わっていくだろう。
それでも、患者さんの前に立ったとき、私たちは何者なのか。
医療現場の問題を社会に伝えることには意味がある。けれど、特定の患者さんや家族をさらす必要はない。
私たちが見てきたものすべてが、誰かに見せてよいものとは限らない。看護師として、その境界線を忘れずにいたい。
【次回予告】
看護師の今昔ものがたり②|新人看護師は「褒めて育てる」時代。その教育は、本当に成長につながっていますか?
かつては厳しい上下関係の中で育てられた新人看護師。
今は「褒めて育てる」が基本方針。
もちろん、厳しければよいというものではありません。
けれど、褒めることが目的になってしまったら?
新人看護師の教育と、離職防止。
そして、その陰で疲弊する中堅看護師たち。
次回は、看護教育の今と昔について考えてみたいと思います。



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